鷲が赤子をさらい、この斜面の杉に置いていった。その子が育って東大寺を開いた。それが良弁杉の言い伝えである。赤子はのちに東大寺の初代別当となる良弁で、僧に拾われて育てられ、その場所の木はそれ以来この名を持っている。傍らの石碑にその話が刻まれている。 いま立っているのはその杉ではなく、ここではだれもそのふりをしていない。初代はおよそ六百年生き、高さ21.2メートルに達したが、1961年9月16日、最大風速75メートルを記録した第二室戸台風が奈良を通った。そのあとの経緯は資料によって分かれる。植え継いだ木が根付かず、いまの木は1967年3月16日に植えられたとするものと、これを三代目ではなく四代目と呼ぶものがある。何度目で根付いたかは食い違うが、この木が持ちこたえた点では一致している。 だから樹齢はおよそ六十年で、このページで最も若い。奈良はそのことに大らかでいられる街である。ここで遺物なのは木材ではなく、場所のほうだ。 二月堂の建つ斜面の下、小さな興成神社のすぐ北に立っている。無料で、上りは短い。
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行き方
Near Nigatsu-do, Todai-ji, 406-1 Zoshi-cho, Nara 630-8211
無料。東大寺の外の境内にあたる(二月堂そのものも拝観無料)。
近鉄奈良駅から市内循環バスで「大仏殿春日大社前」、そこから坂を徒歩約15分。
出典
このページの情報の出どころ。物語はこれらの出典をもとにAIが書き、木を知る読者が直しています。
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