ある技術者が自分の首を賭けてこの木を守り、賭けに勝った。1901年、日本で最初の西洋式公園である日比谷公園の造成にあたり、公園の縁を通る道路を広げる必要が生じた。当時樹齢400年ほどとされたこのイチョウが、ちょうどその進路上に立っていた。公園を設計した本多静六は伐採を拒み、移植が失敗したら自分の首を差し出すと上役に告げたと伝えられる。1902年、作業は25日をかけて行われ、木はおよそ450メートル離れた現在地へ運ばれた。根鉢と幹を合わせて2万貫、75トン近くあったという。移植は成功し、以来この木は「首かけイチョウ」と呼ばれている。危機は1971年にもう一度あった。デモの最中に過激派が投げた火炎瓶で隣の松本楼が焼け落ち、イチョウも黒く焦げたが、翌春には再び葉を出した。本多は首を失わずに済んだ。幹回り7メートルのこの木はいまも生長を続け、公園を手放さなかった。
Hibiya Park, near Hibiya Matsumotoro, 1-6 Hibiyakoen, Chiyoda-ku, Tokyo 100-0012
無料。公共の公園。
日比谷駅(日比谷線・千代田線・都営三田線)から徒歩3分。
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