寺自身の由緒によれば、このカヤが地面に入ったのは1030年代である。それから400年後の応永年間には、すでに関東随一の巨木として知られ、旅人が道標に使っていたという。これは計測ではなく言い伝えで、さいたま市の文化財のページも言い伝えとして記している。年輪を数えた人はいない。測られているほうは1988年の調査にある。高さ21.5メートル、幹回り約7メートル、根回り13.5メートル、地上2メートルに満たないところで二本の幹に分かれる。市も文化庁も、樹勢は旺盛だとしている。1932年7月25日から国の天然記念物である。この木は東京にはない。さいたま市中央区鈴谷、都心から北へ約21キロ、南与野駅から歩いてすぐの住宅地にあり、午後の散歩ではなく半日の外出になる。立っているのは妙行寺の南側、金毘羅堂の境内である。地元の言い伝えでは、堂がそこにあるのは木があるからだという。鎌倉時代の話として、このカヤを神木として金毘羅天が祀られ、いまも榧木金毘羅として信仰されている。カヤは生長の遅い密な常緑針葉樹で、どこへ行くにも何百年もかかるという評判がある。2月に見ても8月に見ても、姿はほとんど変わらない。
Suzuya 4-1083-1, Chuo-ku, Saitama City, Saitama Prefecture, in the Konpira-do precinct of Myogyoji Temple
無料。妙行寺の南側、金毘羅堂の境内に立つ。土地は妙行寺の所有で、訪れる人に開かれている。
南与野駅(JR埼京線)から住宅地を抜けて徒歩。所要時間は資料で確認できていない。
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