1598年の春、死の数か月前に、豊臣秀吉は醍醐寺で日本史上まれにみる盛大な花見を催した。数百人を招き、そのために700本ほどの桜を寺の境内へ移させたと伝えられる。いま三宝院の庭に立つ枝垂桜は太閤しだれ桜と呼ばれ、その名と物語を受け継いでいるが、そのときの木ではない。樹齢はおよそ150年から170年で、植えられたのは19世紀、秀吉の花見からも、同じ年に訪れた彼の死からも、はるかにあとのことである。残ったのは場所と結びつきのほうで、それは日本画家の奥村土牛がこの木を主題に「醍醐」と題した代表作を描くほど強かった。以来この桜には、土牛の桜という二つ目の呼び名もついている。三宝院の庭そのものは、秀吉が晩年の数か月に大きく手を入れて設計したものである。つまりこの桜は、花見の桜に比べればずっと若くても、秀吉が自ら造った風景のなかで咲いている。
Sanboin, Daigo-ji, Fushimi-ku, Kyoto 601-1325
地下鉄東西線「醍醐」駅から徒歩12分。
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